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はじめに 

◇エッセー編
1、五十代・二つの羞恥心 ◆1 ◆2
2、「富山の薬」と「菜つ葉のこやし」  
3、未熟な心の請求書  
4、銭湯談義 ◆1 ◆2 
5、メキシコのマリア様 

◇小説編
1、青春行状記
(1)二つの職業安定所 
(2)肉ジャガの女  
(3)肉ジャガのおじさん  
(4)資本屋と少女 
(5)詐欺男とミツ子という女 ◆1 ◆2 
(6)営業マンに転職  
(7)S子のこと  
(8)わが身辺に関わり合った人達  
(9)肉ジャガの父娘との再会 
(10)大学留年と卒業  
2、些細な出来事  
3、証拠 
4、二人のサチコ 
5、シルエット  
6、あの人  
7、二人の秘密 ◆1 ◆2
8、白の顛末 ◆1 ◆2 ◆3 ◆4
9、ある青春の断章 ◆1 ◆2 ◆3 ◆4 ◆5 ◆6
10、杖 
11、初夢初苦(ハツユメショック)・人間改良の顛末 
12、三〇六号室の一日 
13、遠郭公 ◆1 ◆2 ◆3 UP02
14、白無垢の金婚式




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2021.01.27 / Top↑
 6

 また話をもどすわ。私はもう一人子どもが欲しかったけど、結局一人で終わったのよね。

 出産に伴って、デパートのほうも辞めて専業主婦。あなたは営業で忙しい毎日。結局子育ても、私一人でやったようなものね。

 あなたは、わが息子の進路については一切口出ししなかった。結婚の相手を決めたときもそうだった。

 私はそういうあなたのことを、物分りのいい父親なのか、そうでないのかよく分からないというと、

「自分の判断で進んだ道は、どんなことがあろうと、あくまでも自分の責任だから」と。

 そしてこうも付け加えた。

「親が死ぬまで親にブラさがって生きるような子どもにだけは、なってもらいたくない」

 確かに子どもは、あなたの意を汲んだかどうか分からないが、その方向でやっている。
職場結婚し、相手は横浜出身。その相手の実家の近くのアパートに早速居を構えてその手回しのいいこと。あなた
とつい顔を見合わせてしまったこと覚えてる?

 私達の辿った過去を思い重ねると、あまりにも順調に、幸せに物事が運ばれることに、なんとなく妬みっぽい気持ちにもなったわ。

 私は時間的に余裕ができた分パートで働いたり、手芸教室に通ったり―そう、五十代に入ってあなたは三年間の単身赴任。それも札幌。そこであなたは、退職後の居住地を考えて…いや、ある程度物色していたんだわ。そして退職して一ヵ月後に北海道へ移り住んだ。私はただただあなたに運ばれて異国へ連れてこられた感じ……。

 少し落ち着いてから私考えたわよ。あなたがなぜ北海道にこだわったかを。邪推もしたわよ。単身赴任中、この北国の女と関係ができて、今も密かにつながっているのかと。

 男と女の関係なんて、理屈でどうにでもなるような気がするから。

 あるとき、私は夢をみたのよ。墓前で、喪服を着た中背の女の人が合掌している。横顔の美しい人だったの。

 あなたが死んでから私にわざわざこのような夢を見せるなんて……つい単身赴任中の頃の日記を走り読みしてしまったわ。

 こんなことをする私に自分でもイヤな気がしたけどね。しかし何の形跡もなし。それはそうよね。わざわざ浮気のことなど、日記に書きとめる人などいないわ。仮にそれらしきことがあったとしても、相手がどんな人だったのかしらと、いっとき私の心にさざ波が立つくらいよ。

 それよりもあなた、あなたが定年まで勤め上げた仕事のこと。本当は出版社に入りたかったのに商社に入り、自分に一番向いていない営業マンになったことについての後悔の言葉が綴られているのを読んで、私も思いあたることがあったわ。あなたはあまり口には出さなかったけど。

 私は、あなたが好きでもない職業になんでしがみついているのか、心中そう思ったわ。たぶんあの頃の生活を犠牲にしてまでという考えや、私に負担をかけたくない気持ちもあったのね。

 しかし私から言えば、あなたはどちらかというと器用貧乏。性に合わなくても、いったんそのポジションにつくと、のめりこんでそれなりの成績をあげる――それがあなたの長所でもあり、短所でもあるのよね。

 私はあなたが疲れて帰ってきたときなど、よく「もっと要領よくやったらわ。体をこわしたら元も子もないのよ」と、いさめたことが何回もあったが、結局聞く耳を持たなかった。

 また、会社人間としての社交性はあるものの、それは建前だけ。本音はその逆だから、定年と同時に今までの人間関係のしがらみを断ち切る意味で知らない土地へポンと移り住んだ―私に対しては強引だったけど―のだと思えるようになったわ。

 しかし面白いわね。あの子も結局商社に入り、営業マンになった。でもあの子のほうがあなたよりずうっと性格的に社交性があるような気がする。これは私似ね。

 そう、移り住んで七・八年経った頃かしら。いきなりあなたからお墓を造るからと言われてびっくり。もうその段階で契約が済んでいたことを知り、

「何でこんな所にお墓を造らなきゃならないのよ」と声を荒げると、

「ぼく達の両親もみんな亡くなって、田舎の墓に入る必要もない。息子も自分達のことは自分達で考えるだろうから、あとはいつどうなっても、ぼく達の入る所を用意しておくということだ」と。

「だって、北海道まで誰がお参りに来るというの」

「誰も来なくていい。ぼくが先に逝ったら、あんたがお参りにくればいい。息子達は、最初の一年か二年、お参りにくるだろうが、二人とも死んだらもう来ないよ。だから墓のほうは永代管理費まで払ってある」

 私は、何とも淋しく虚しい気持ちになって涙が出そうになったわ。今考えれば、あなたは北海道へ移り住むことを決めた時点でここまで考えていたのね。

 それじゃ私のほうが先に死ぬから、あなたは私を看取ってほしい。そうすれば、私は淋しい思いで一人暮らさなくてもすむからと言うと、いやぼくのほうが先だとお互いに言い張ったわね。そして運命の神様はあなたに軍配を上げた――ホントに恨みたくもなるわ。

 いよいよお墓ができたのが六月も末。小高い丘で斜面に沿って、段々畑のように造成された霊園。何かお墓の団地ね。

 周囲は山と林に囲まれ、出来立てのお墓は山側にあったので、一際眺めは良かった。

 お墓は洋式。墓碑の表面に文字が刻まれていたので、「これ何よ」と言うと、あなたは真面目な顔つきでこう言ったわね。

「このために作った俳句だよ。だって○○家の墓だけではそっけがなさすぎる。ここの自然環境とぼくの思い、あ、あんたの思いも入れて作ったんだ」



〈山々に こゑかけたきや 遠郭公〉

―台石に佐山家とある。そして建之者の名前を見てびっくり。私の名前が連名で並んでいる。


「あなたの名前だけでいいのになんで私まで……。私は必ずしもここへ入るかどうか、分からないのよ」

 あなたはそのとき、顔に笑みをつくりながらこう言ったわ。

「あんたは死ぬまで、いや死んでもぼくの側にいてもらいたい、ということ」

「何よ。あの世に逝ってまであなたの世話などしたくないわよ」

 ……そう言ってはみたものの、現実に目の前にある物体を拒否してみたところで、遅かれ早かれ二人とも死ぬことを事実として受けざるを得ない年齢を意識した私は、灰色がかった黒っぽい石を、じっと見詰めていたわ。





 7

 七十五歳になった頃、あなたは晩酌をやりながら、時々あなたのお父さんの亡くなった年齢を口にするようになったわね。

 あとでだんだん分かってきたことだけど、あなたのお母さんに対する確執より、お父さんに対する確執のほうが強かった筈なのに、なぜ死亡年齢にこだわるのか疑問に思った。

 そして七十七歳になった六月、あなたは過去に大病をしたわけでもないのに、わずか一ヶ月の入院であっけなく逝ってしまった。

 私は気になってこの一年の中で、あなたの日記やメモを調べたわ。

 お父さんは七十七歳になって二月に。あなたはわずか四ヶ月お父さんより長生きしただけ……こんなことにこだわって、あなたは満足したの?――もっともお母さんは、お父さんより五年以上も早く亡くなっているから、あなたのこだわりが、そのへんに理由があるのかもしれない。私には分からないことだけど。

 それよりもあなた、あなたが息を引き取るとき、私が握った手を少しだけ動かして何て言ったと思う。今だから冷静になって思い出せるのよね。

「フサエ。クロウカケタ。ゴメン」

 あなたは私と知り合って、初めて私を名前で呼んだわ。しかもあんなときに……。

 そしてあなたの「ゴメン」は三回目、あれ以来……。あなたがこの言葉を口にするときは、私の人生に大きなショックを与えるときだけ――だからあなたを許せないのよ。

 もう言葉を交わす相手は、この場所しかないわ。最近のニュースは、腹が立つことばかりで、ついテレビに向かって怒鳴っているわよ。あなたには聞こえないけどね。

 スイッチを切ると画面は、灰色の黒っぽい冷たいガラス。なぜか墓石と同じ色。それに向き合って大きな溜息をついているわ。

 息子達は一周忌が終わったあとさっさと横浜へ帰っていったし、やはりここに立つのは私だけ……。

 考えてみれば、私達って不思議な夫婦ね。交際中でも、同棲中でも、正式に結婚生活に入っても、一度もお互いに「好きだ」とか、「愛している」とかという言葉を交わしたことがないのに、共に人生のターミナルまで来ちゃった。これってやはりあなたのいう成り行き人生なの?

 私はあなたが生きているうち、一度でいいから聞いてみたかったわ。本当に私を好きだったのかどうかをね。でもここまできたらそんなこと、どうでもいいことよね。

 あなたがこのお墓ができたとき、笑みを浮かべながら、「死んでもぼくの側にいてもらいたい」と言ったことが、あなたの本心だと思うだけで十分よ。

 あ、近くで郭公が――目を上げたら、鳩ぐらいの大きさの黒っぽい鳥が山の奥のほうへ飛んでいっちゃった。

 啼いている。遠くでしきりに啼いている……。



〈山々に こゑかけたきや 遠郭公〉


 あ、あなた、あなたがあの郭公なのね。そうなのね。声をかける相手は、私ひとりしかいないけど……。そのうち、私もあなたの側へ行って、あなたと二人で誰も来ないお墓に向かって啼けばいいのよね。そうしないと、あなたは淋しがりやだから……。






白無垢の金婚式【目次】


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2011.05.02 / Top↑
 2

一年後、お互いに就職できたところであなたは、またあの時の調子で話を持ち出した。

「二人別々に部屋代を払うより、一つにしたほうが安く上がるし、経済的にも無駄がなくてすむんじゃないか」と。

 私は、その時もあなたを結婚にふさわしい相手だとは思っていなかった。しかしあなたも私も、毎月でなくても親元に送金する必要があったので、これもあなた流に言えばコトの成り行きでしようがないかと、つい同意してしまった。

 何かやはり歯車の噛み合わない不安を覚えつつも、不思議に結論はあなた寄りになってしまうのね。口惜しいけど。

 私はあなたが時々日記らしきものを書いているのが分かっていたので、いつかあの熱塩温泉でのコトについて、私のことをどう書いているのか見てやろうと思っていたわ。

 ここであなたに白状しておくわ。初めてあなたの日記を盗み見したのよ。三ヶ月位してあなたが出張した間に――。

 一年半ほど前の日付を追って走り読みしてがっかり。何よ、あのハタ織りの農家の様子が書かれているだけなんだから……。

 でも今では私の田舎の原風景だから、読むたびにあのコトと一緒に故郷を思い出すのよね。

――五月十七日、部落の一隅といった感じのするひなびた温泉宿である。丁度案内された二階の部屋の窓の真向かいの農家から、ハタを織るような音が昨夜聞こえていたので、今朝確かめようと思っているところへ同じ音が聞こえ出した。窓を開ける。

 その農家の二階の障子窓が開け放されて、そこにハタ織機がハッキリ見え、一人の主婦が子どもをあやしながらハタを織っている。

 家の奥のほうが薄暗いのに反して、窓側のほうに出ている五個の太い大きな糸巻きに巻かれた白い織糸がクッキリと浮き立って見え、五本の糸が流れるようにしてハタに吸い込まれて消えていく。

 雨上がりのため、樹々の新緑がすがすがしい彩で朝日に照り映えている。

 また身近にすずめやにわとり、山のほうからはウグイスやホトトギスなどの鳴き声が、それぞれの旋律をもってひびいてくる。

 農家のカマドの紫色の煙が、静かに立ちのぼり、緑の中へと消えていく……。

 大都会の喧騒とは無縁のこのたたずまいの中、湿気を含んだ草木の濃い匂いのする空気を体中の隅々までいきわたらせるように、深く深く吸い込んだ。――




 3

 あなたが出張から帰ってから忙しくコトを運んだわね。結婚式はともかくとして同居している以上、一応お互いに親に会ってきちんとあいさつを交わしておいたほうが―これだけは、あなたは素直に私に従った。

 最初に私の両親に会いに行った。親を安心させる意味でも、あなたがどこの出身でどんな職業についているかは話しておいたので、あまりあなたに神経を使わせないようにしてその場をつくろったわ。

 二・三言葉を交わした後、母はあなたに、

「房恵を幸せにしてやって下さい」と言うと、あなたはなんて応えたと思う?「はい、二人で一所懸命がんばります」と……。

 それはそうだけど、もうちょっと言い方が―でも、恋愛ドラマに出てくるような恰好いい台詞は、あなたには無理なんだとつくづく思ったわ。

 役場で婚姻届に必要な書類をとって、今度は山形へ向かったわね。あなたの両親は、その時点で酒田に引っ越していた。

 私は緊張気味だったが、あいさつと同時に今度はあなたが私に気遣って、私のことを紹介してくれたよね。

 どこの出身で、文化服装学院を出て現在、池袋のデパートの服飾部に勤めていること、名前は――最後に名前を言うのもあなたらしいのよね――長山房恵さん、「房恵」という漢字は偶然だが母さんと同じだということ。

 あなたのお母さんは目を細めて「寛はわがままなので苦労が多いと思うけど、よろしく頼みますね」って。私は
「はい」とだけ答えるしかなかった。しかしさすが母親ね。わが子のことをきちんと見ているのよね。

 もう一つここで、初めてあなたのお母さんが私と同じ名前だということを知って納得したことがあるわ。普段あなたは私を呼ぶとき「房恵」とは呼んだことがない。このことはその後も変わらなかった。まあ生活の上で困ることはなかったけど。

 お互いに仕事の関係でゆっくりできず、やはり市役所であなたの必要な書類を取って東京へ引き返した。

 車中であなたはポツンと呟いた。「母はあんたを大変きれいな人だって。おまえは房恵さんを大事にしなければ駄目だよ」ってね。

 そのときの私は、確か一番気にいってたトルコブルーのワンピースを着ていったのよね。同じ名前のお母さんにそう見られて正直うれしかったわ。

 東京へ着いて翌日からすぐ仕事。疲れたわね。疲れたのは体だけではなかった。特別な出費で生活費のやりくりが続いた。覚えている?あなたは意外とお金のことに無頓着なところがあって、退職後も同じ。

 あなたのお母さんが言ったとおりよ。私の苦労は続いたわ。私を大事にするようにと言ったお母さんの言葉はどこへいったのよ。まったく……。

 それから、都合のいい日に中野区役所で婚姻届を出し―いよいよこの男と本当に結婚することになるのかと、改めて自問自答はしてみたけど―あとは、勤務先に姓の変更を届けて終わり。

 あ、二人共ここまできたら、結婚式を挙げるなど頭の中にはなかった。もっともお金の問題もあった。でも正直に言うと、私の服飾部の仕事柄、ウエデイングドレスを扱う機会があるたびに心が揺れたのも事実よ。

 そうはいうものの、一つの区切りをつける意味で、あなたの親しくしている友達二人と私の文化服装学院時代の友達三人を招いて、新宿のレストランでささやかな宴会をやって、私達の結婚に関わるすべては終わったのよね。

 挙式についてあなたは、両親にどう話したかは分からないけど、私は私に両親にお金のかかることは一切やらないからと、あなたを連れて行ったときにすでに話しておいたわ。ちょっとさびしい顔をしていたけど……。

 私もどちらかといえば、子どもの頃から負けん気で、気の強いところがあったので、親もこの子がいったん言い出したら―という思いがあったのね。




 4

 そのうちあなたの会社が借り上げたアパートへ中野から転居。それが新宿の愛住町ね。
友達にからかわれたわ。「お二人にとっては最適ね。愛住だなんて」と。

 私は何よりもうれしかったのは、キッチン以外に部屋が二間あること。東京へ出て二つ部屋があるところへ住むのは初めてだったからね。

 早速私は、所帯道具を少しずつそろえないと―と言うとあなたは、生活に必要最低限度でいいんじゃないかと言うからどうしてと聞くと、『所帯』という言葉が嫌いだという。『所帯じみる』とか、『所帯やつれ』のイメージにつながって好きでないというから私は即反論。「何言ってるのよ。あなたはれっきとした所帯持ちになったのよ」

あなたって、ほんとにヘンなところにこだわるんだから。

 それから二人の理屈の応酬が続いたけど、愛住町なるところへ引っ越した、最初の夫婦喧嘩だったわね。

 あとはあなたらしく私に任せっぱなし。家計を考えながら食器戸棚など徐々に買って、それこそ所帯道具をそろえたわ。




 5

 そのうち私も三十代に入り、女として自然に赤ん坊や、小さい子どもをつれた親子に目が留まるようになった八月のある日、体に違和感を覚えだしたのでもしかして……と思って、夕食後あなたに、「できたようよ。なんとなくそうだとおもうわ」というと、あなたは「エツ、何ができたんだ」と。「子どもよ。妊娠したみたい」「そうか。で産むの?」

といって、ちっともうれしそうな顔をしなかったので私は「何よ。あなたの子どもを産んで悪いの。私だってそう若くはないのよ」と、つい角が立った言い方をしちゃった。

 そうしたらあなたは、

「子どもは一人でいいよな。責任をもって育てられないと、子どもが不幸になるばかりだ」と。

 私は確かにそうだと思ったけど、今の段階であなたがそこまで子どもの人数をきめてかかることに、疑問を抱いたわ。

 あなたの日記をパラパラめくっているうちの一冊の最後のページに、『母上へ』と記した一文が目に留まり、読んでみて、あなたの言ったことに納得したのよ。真実は分からないけど。


――母上へ――

 愛情もなく、生き甲斐もなく、ただ結びつけられた運命が、死ぬまであなたをもてあそぶことが、ぼくにこの上ない悲憤を覚えさせます。

 あなたは自分の本当の愛情を、自分の子ども達に見出すことができなかったとき、どんなに寂寥感におそわれたことでしょうか……。そして同時に、あなたの心を包んだものは諦念だったのでしょうか……。

 あなたの子どもであるぼくが、いつかあなたの夫(ぼくの父)を批判したとき、あなたは愛情がある如く夫を弁護しました。

 しかし不幸にしてぼくは、あなたの言葉じりから、あなたの本当の心を見抜くことができたのです。

 そのときにはすでに子どもの数は、あなたの体の限界線に達していたのです。

 それからのあなたは、ただただ子ども達の未来にのみ夢を託して、敢然と生きることに闘い続けたのです。

 時代の趨勢は別として、過度の犠牲になってまで自分の子を―すなわち限界以上に産んで育てあげるのが親の真の愛情、または美徳な行為なのかと、一時期疑問を抱きました。

 そして今、病気の床に臥して何年か経った月日。あなたの胸を片時も休めることなく去来するものは、やはりあなた自身の運命と子ども達の運命のことなのでしょう。

 そのことは、わずかな慰めであるかもしれないが、子ども達のために、我が身を責めることが殆んどであるかもしれません。

 今となっては、あなたは夫を責めることはしないでしょう。夫という男が、どんなものであるかを知り尽くしてしまったからには。

 あなたは、自分の両親や兄弟のことなど触れることはあまりなかったよね。でもうすうす子ども達が、あなたを含めて苦労されたことは感じていたわ。

 でもこれはあなた、実際に手紙にしてお母さんに送ってはいないんでしょ?お母さんがこれを目にすることは、あまりにも残酷すぎるわ。そうでしょ。





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2011.05.01 / Top↑
 機会があって出向いた喜多方の奥にある熱塩温泉、新宿の喫茶店、アルバイトの女性。これらを組み合わせて妄想を続けるうちに女性の視点で展開するストーリーになった。
 
 ここに出てくる男は、たぶんに自己投影の面がある。だからかどうかは分からないが、結末は、案外自分の願望なのかもしれない。





 あ~あ、あなたが逝って、もう一年も経ってしまったわ。

 先にさっさと逝ってしまうなんて、承知できないのよ。

 だって、退職して知人や親戚がいるわけでもないのに、いきなり北海道へ勝手に一人で決めて住みついてしまったんだから――私の反対をすべて抑えこんで何よ。

 せめてあなたが私を看取ってからならまだ許せるのに……。

 子ども達や私の友達から遠く離れ、せいぜい隣近所の人と、ちょっとしたおつき合いしかない私にとってこの一年は、足が毎日宙に浮いているような生活だったわ。

 どうしてあなたのような薄情者と一緒になってしまったのかしら……。





 1

 そうだ。私が新宿の『らんぶる』という喫茶店でアルバイトをしていた頃、二・三回入ってきたのがあなただったのよね。もう五十年以上も前のことだから記憶違いもあるけど、カウンターの片隅でうずくまっていたあなたが、どうしたはずみか空のコーヒーカップを床に落として割ったのが声を交わすきっかけだったと思うわ。

 私は、あなたが弁償したいというのを断ったわ。だってお客さんの中には、たまにそういうケースがあって、仮にマスターがいてもお金は取らないのよ。

 でもあなたは、ひどく恐縮がって頭を下げたのを覚えている。そして数日後だったかしら……丁度私の退勤時間に合わせたようにあなたは現れて、ホンのお礼としてビール一杯つき合って下さいと言うので、仕方なくあなたのあとについて行ったのよね。

 確か西口の生演奏をやっているレストランだったか、大衆酒場だったかへ連れていかれて、初めてあなたと向き合ってビールを飲みながら話したわ。

 そのときのあなたは、前髪のクセ毛が額に少し垂れて、なんとなくキザな感じがしたんだけど、話し振りが非常にまじめすぎて噴きだしたくなった位。

 どんなことを話したかは思い出せないが、ここであなたも私も中野に住んでいることが分かって、今考えてみるとこの偶然が私の人生をすっかり狂わせることになったんだわ。

 だってその後も憎らしい位偶然が重なるのよね。帰りの電車で一緒になったり、中野の駅の中ででくわしたりで――確かあなたは北口、私は南口が降り口なのに――そのうちあなたに誘われて北口の商店街の中にある名曲喫茶『クラッシック』へよって、一番安いミルクテイーなど飲みながら、だんだんお互いのことを話すようになったのね。

 この偶然が重ならければ、ビール一杯位であなたの存在など消えていた筈なのに……。

 それからたぶん三ヶ月位の間に、あなたは山形の山村の出身で、働きながら夜、大学へ通っていることが分かり、悪いことに私も福島の喜多方の山村――それも山形寄り――の生まれで、文化服装学院へ通いながらアルバイトをしていたという訳。

 そしてお互いに、どうやら親元はそれほど裕福でない――まあ一緒になって、初めて両親にあいさつに行って分かったのね。ハッキリ言ってどちらも貧乏だということを。

 つかず離れず、そうかといって頻繁に会う時間的な余裕もない日が続いたんだけど、これだけは記憶に残っているの。私はどうしても田舎に帰って親と相談しなければならないことが起きてあなたを誘ったのが、今考えれば私の一生の不覚――第一あなたと結婚するとかそういう気もなく、単にボーイフレンドとして、わたしの田舎の駅一つ離れたところにある熱塩温泉で一泊して息抜きでもしたら、という程度。

 だってそこは山形の米沢寄りだから、あなたにとっても、山村の風景がなつかしいのではないかと思ったのよ。

 私は自分の家に一泊。帰途あなたのところへ寄り、東京へ一緒に帰る予定だったのに何よ。夜、近くの農家からハタを織るような音が聞こえたので、それをもう一度聞きたいからあと一泊したいと言い出して、仕方なく私も別に部屋を取ることで承知してしまった。

 夕食まで時間があったので外へ出、小川のほとりを散歩していて一本の大きな木のところに立ち止った途端、あなたは私をいきなり抱き寄せて唇を奪った。

 私は離れ際にあなたの頬を殴ったわよね。でも指先が頬をかすっただけ。そうしたらあなたは一言「ごめん」と言って、私の顔を見ないで川岸の向こうの農家から立ちのぼる煙に目を移していた。

 私は判断に苦しんだわ。男ってこんなとき照れくさがるのかどうか……私も初めてのことなのでいささか頭が混乱したんだけど。

 夕食後一息ついて、お互いに温泉に浸って部屋に戻ったら、布団が二つ並べて敷いてある。

 私は部屋を別に取ることを言っていたのであなたを問い詰めたら、一泊の予定が二泊になったので、一つの部屋で二人泊まるほうが安く上がるからという。

 私はあなたを疑ったわよ。さっきの唇の件といい、これはあなたのしたたかな計算なのかと……。そうかといってこんな夜遅くにフロントへ降りていって交渉するのも迷惑をかけるような気がしてそのまま布団に入った。

 雨漏りのシミのついた天井をみつめながらいろいろな話をし合っているうち、先ほどまであなたに抱いていたわだかまりが消えている自分に気がついた。

 そのうち、あなたの右手が私の左手に伸びてきて、自然に体を重ねてしまっていた。

 あなたは私の体から離れ際に、一言「ごめん」と言った。その時私は何を言い返したか思い出せないが、恥ずかしいような悲しいような、複雑な気持ちになって、つい頭まで掛け布団をかぶったわ……。涙顔をあなたに見られたくなかったのよ。

 翌日、列車で会津若松で乗り換えてから、車窓の風景を眺めていたあなたは、私にこう言った。

「ぼく達、成り行きでこんなことになったのかなあ」

 と、まるでひとごとのように言うあなたにムッとしていたところへ今度は、

「やはり田舎の空気っていいなあ。わずか二日間だったけど、おかげで命の洗濯ができたよ」と……。

 私は心の中で反発していた。私の人生を左右することを平気でやって何が成り行きよ。何が命の洗濯よ。あなただけがいい思いをすればそれでいいと言うの。

 たぶんこんな男と人生を共にしたら、生涯歯車が噛み合わないままで終わってしまうに違いないと、あれこれ考えているうちに東京に着き、また二人共それぞれの生活にもどったんだけど。

 そう、私の心の中では男への反感と、自分の肌が感じ取る範囲内に、あの男の存在を意識する別の変化が起きていた。

 私は自分で自分に腹を立てていた。少なくとも女にとってあのコトは、生涯心の奥深くたたみこまれて忘れることはないから。






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2011.04.18 / Top↑
 何回か入院したが、その期間が一番本を読めて自由に空想に遊べる時間である。

 入院してくるいろいろな人と話したり、また他人同士が話すのを聞いているうち、さまざまな人間模様が浮かび上がってくる。

 これは、あるときの一端をベースに書いてみたものである。





 六月のある日、私は大腸ガン検査のために前日から入院を余儀なくされ、看護師に付き添われて三〇六号室に入る。

 ここは四人部屋で窓側に二つ、廊下側に二つのベッドがあった。

 すでに窓側右のベッドに先客がいて看護師が私の名前を紹介。簡単にあいさつをすませる。

 荷物を整理し終わったところを見すかしたように先客であるAさんが話しかけてきた。

「お宅は、どこが悪いの?」

 いきなり他人の病状を尋ねる不躾さに無神経な人だなと思いつつも、

「明日の大腸検査で」

「あ同じだ。ぼくは今日の午後なんですよ。それで前に手術か何かしてるの?」

「いや、年齢も年齢なので、そろそろ内視鏡で検査をしたほうがと医者から言われて」

「あ、それはいい。ぼくもここで五年前にやってガンが見つかった。その時点で進行度が5だという。聞いたらこれは末期なのだと……」

「それは大変でしたね」

「すぐ手術。大腸にできたガンと、その周辺のリンパ腺も転移すれば大変だからと切除。それで五年間生き延びた」

 細面で、青白い顔をしたAさんの言葉が続く。

「毎年検査をしながら五年目なので、切除したところに内視鏡を入れて検査をしたほうがと言われて、きのうから下剤を使って準備をしているんです」

「異常がなければいいですね」

「ああ、今のところ異常を感じないので、大丈夫だとは思うんです……」

 その後、自分の気持ちを落ちつける意味もあってか、退職をした職業(公務員)のこと子どものこと、孫のこと等を話し続ける。私のほうは相づちを打つ程度で聞き役に回る。時に現職時代の上司が、子どもの自慢話(おもに進学先のこと)をするのを批判していながら、結局はAさんも自分の子どもや孫の自慢話をしていて、何とも苦笑を禁じえない。

 丁度Aさんの話が途切れたところへ、また一人入室。廊下側の右のベッドに落ちついたBさん、看護師とのやりとりもフレンドリーで、しかもBさんの東北なまりに看護師も同じ調子で受け答えをしている。これで病室の雰囲気が一変する。

 看護師がこの後の処置について打ち合わせをすませて出ていくと、つかさず隣同士になったAさんが話しかける。

「お宅は、どこが悪いの?」

「大腸ガンの手術をしたんだが、丁度大腸と直腸の境目にガンができ、一回目の手術は失敗。次の日もう一度手術のしなおしさ。直腸を全部とって結局は人工肛門になっちまった。で、どうもパイプの接触部分に水がたまって痛むのでそれを診てもらいに」

 Bさんによれば、差し込んであるパイプの部分が座るにしても、運転するにしても、尾てい骨にあたって痛いのだと、ベッドに横になり半身を起こしながら話す。

 話の内容からいえば本当に大変なことなのだが、笑顔のまま淡々とした口調なのだ。

 顔が大きく、頑健なからだつきから、永年重労働に従事してきた感じだが、何よりもその笑顔が好好爺なのである。

 Aさんも自分の五年前のことを、特に末期ガンを強調して説明を始めた。

 手術で執刀した医師が同じこともあって、二人の話は弾んだ。

 そこへ看護師が、もう一人お邪魔しますと言って男を案内してくる。廊下側、左のベッドにすぐ仰向けになり二つの点滴が始まる。

 私と隣同士だが、カーテンで遮られているので様子は分からない。手ぶらで入ってきたので、入院でないことだけは分かった。

 昼食時になり、私だけが食にありつく。Bさんは、持参したパンをかじりながらAさんとやり取りをしている。

 Bさんの話では、この病院に何回も入院しているのだという。膝・腰・胆石の手術のほか、ガンの手術で二回、看護師もすっかり顔なじみになってしまったと――。こんな話をしてもBさんの表情は変わらない。

 そして、俺んところはガンの家系なので、親も兄弟もガンで死んだという。それも胃ガン、肺ガン、喉頭ガンだと。

 それを聞いていたAさんの表情が少しひきずった。

 その時、看護師の一人がBさんの前に顔を出す。Bさんが訊く。

「行ってきたが?」

「ウン、せっかく船釣りなのに坊主さ」

「あっはっは、残念だな。まだ行けばいいべさ」

 看護師も笑いながらうなずいて出て行く。

 この後話題はBさんの釣り談義へと移る。

 私も少々釣りをやったことがあるので、それなりに話の中へは入っていける。

 Aさんには釣りの趣味がないらしく、途中で的外れの質問をする。そのつど私がBさんの話の腰を折らないように説明を加えた。

 Bさんはすっかり鮭釣りにハマって、今では仕掛けなど全部手作りだという。さっき顔を出した看護師にも、仕掛けをくれてやっているんだと。

 なんとしても、今年も鮭釣りに行きたいけど、この調子じゃどうなるか……という。

 その時、四人目の男Cさんがナースコールのボタンを押し、点滴が終わったことを告げると同時にからだを起こした。

 Bさんは点滴を指して、

「それって、ガンの治療薬?」

「そう、すっかりガンに取り付かれてさあ」

「お宅は、何のガン?」

 Aさんの質問。

「大腸ガンでさあ。それが肝臓にも転移していて小さい腫瘍が見つかり、それを切り取れば体力が落ちるので、抗
ガン剤で消えるかどうか三週間に一回、こうして点滴を打ちにきているのさ。そのほかにこれ」

と言って、半袖のシャツの裾をまくって見せてくれたのが、白っぽい細長の袋。

「微量の放射能を含んだ液体なんだけどこいつも点滴で、なくなるまでに四十時間位かかるんだ。それで身につけたまま帰り、なくなったら病院に外しに来るのさ」

 このCさん、四人の中では一番若い。五十代後半くらいか。あとの三人は、七十代である。

 このあとCさんの口から病歴が話された。

 血便と体重が減ってヘンだなと思ったが、胃でも悪いのかなと思いながら二年くらい放置。家族や友達に言われてようやく病院に足を運ぶ。検査の結果、胃に近いほうの大腸にガンが見つかり、腸壁まで盛り上がって肝臓にもガンが転移していたという。

 結局大腸の一部を切除、あとはこうやって抗ガン剤で治療。病院での点滴の二日後あたりから副作用が出てきてからだ中がだるく、何とも言いようがない症状なのだと。

 そして薬が切れる頃が一番体調が良く、こういうときはつい飲みたくなって、この前も缶ビール六本買い、二本飲んだらさらに調子よくなり、あとの四本も全部飲んじゃったと笑いながら話す。

 こんなとき、家族から病気を治そうという気があるのかと怒られるのだが、酒とたばこはどうあっても止められない。あと一年生きるか、二年生きるか――二年生きれば、さらに生きられる。とにかく好きな物を飲んで死ぬほうがいいと、実に屈託がない。

 こういうCさんには、強がりや自棄っぱちの表情は見えないのだが……。

 たばこは止められないという話で、Bさんも賛同。Cさんは、仮に一箱千円になっても何とかやりくりして続ける。国に四兆円の税金が入るかどうかは別にして、本当に好きな人は止めないのではないかという。

 実はBさんも抗ガン剤を飲んでいる。錠剤を二種類。二週間続けて一週間休むのだという。それでもたばこは止められないことを宣言した。

 ただBさんは、酒は俺には合わないので無くてもいいし、いくら値上がりしても関係ないという。顔つきや体格からいえば、Bさんが一番大酒飲みに見えるから不思議である。

 酒のことが出たところでAさんは、今話題になっている「居酒屋タクシー」のことを持ち出した。

 Cさんは、あれは高級官僚だけがやっていることだという。私は、我々は「乗るなら飲むな」だが、あの人達は
「乗るなら飲みな」だよねと言うとBさんは声を立てて笑った。

 話が一段落したところでCさんは、それではお先にと言って病室を出る。

「お大事に」

残った三人で声をかけた。


 午後三時すぎ、看護師がAさんを呼びにくる。表情的には、Aさんが一番病み上がりの感じである。

 私はAさんの緊張を少しでもやわらげるつもりで、

「異常なしを信じて、行ってらっしゃい」

と、声をかけた。

 二人になった病室で、Bさんは自分の職歴について話し出す。

 漁業や鉱山労働等、時に間一髪で命が助かったことなど、過去に遭遇したさまざまな苦労の歴史を思い出しながら語るその表情は、自負に満ちあふれていた。

 それは他人が聞いても、決して嫌味を感じさせない人間的な暖かさをBさんは持っているのである。

 そのうち看護師はBさんを呼びにくる。痛む部分を治療した後、またやわらかいパイプを挿入しなおすとのこと。

 いっとき、窓の外を見ているところへAさんが戻ってきた。開口一番、

「やあ、異常なしだった」

 言葉に喜びの力がこもる。

「それは良かったね」

 心なしかAさんの顔に赤みがさしていた。

 その後すぐ担当医の説明があって、切除した部分もガンの痕跡は一切ないので帰っていいとのこと。

「奥さんに電話したら。心配しているんでしょうから」

「あ、そうだよね」

 足取りも軽く出て行く。

 戻ってきて帰り仕度をしながらも、また五年前にさかのぼっての状況と、今日の結果を結びつけながら、Aさんの口は休むことがなかった。

 荷物をまとめ終えて、

「このあとの私の人生は、余禄みたいなものだ」

「いやいや、仮に余禄であっても、Aさんが一番確かな余禄ですよ。大事にして下さい」

 私は、他の二人のことを意識していた。

「そうだね。それじゃお先に」

 病室の出口で戻ってきたBさんと会う。

「やあ、異常なしだった。お先に帰ります」

「おお、それは良がった。元気で」

 Bさんの笑顔は変わらない。

「少しは楽になったよ。さて俺も帰るがな」

 車で来たのだと言って、

「それじゃお先に」

「またどこかで会いましょう。お大事に」

 私はBさんに、自然な気持ちで「またどこかで会いましょう」と言ったが、一体今度はどこで会えるというのか……。


 一人になった病室は、静まりかえった。

 この病室での不思議な出会いは、大腸がとりもつ縁だったのか――Aさんの顔が浮かぶ。そしてCさんの顔も。

「余禄……余禄の人生か」

と、私はひとりごちた。

 私には、AさんのベッドにはAさんの、BさんのベッドにはBさんの、そしてCさんのベッドにはCさんの、それぞれの生き様の余韻がまだ残っているように思えた。

 これから二年ごとの、また五年ごとの節目節目で、三人の余禄が先へ先へと伸びていくことを祈りながら、窓の外の夕焼け空に目を移していた。

 さて、明日になる我が身の判定は……。






白無垢の金婚式【目次】


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2011.04.15 / Top↑

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